Sigmaの1日

Sigmaのある日の出来事をつらつらと

「屋根裏に実った真実」

「ちょっとー!冷蔵庫に隠しておいたチキンサンド食べたのあなたでしょ?」

 

私はこの家で一番よく食べるので、友達のお母さんが夜食用にとっておいたチキンサンドイッチが、冷蔵庫から無くなった時、真っ先に疑われたのは私だった。

 

しかし神に誓っても、残されていたサンドイッチに手を付けていなかった私は、「チキンサンドイッチ盗み食い犯」が自分と友達のお母さん以外の何者かによる犯行であることに自信があった。

 

 

「親友ティム」

私は現在、アメリカにいる友人の家に滞在している。彼とは、私が高校の時に交換留学をした際にこちらの高校で出会った。

 

当時の私は高齢夫婦のホストファミリーの家で、生活させていただいていたのだが、ご夫婦ともに高齢であった故、私が家でできることは地下室でネットフリックスを見るか、趣味の料理をするか、裏庭の池で釣りをするかに限られていた。

 

そんな時に数学のクラスで偶然出会ったのが私の親友「ティム」だった。彼は日本のゲームやアニメが好きで、日本の文化にも関心があったので、すぐに仲良くなった。それまで学校の後は、一人でバスに乗ってホストファミリーの家に帰っていた私であったが、彼と友達になってからは、放課後一緒に彼の家に帰り、アニメやゲームをするのがお決まりになった。

 

そしてしばらくして、私とティムの親睦も深まったころに、彼が

 

「実は会わせたい友達がいるのだけど、三人で会ってみない?」

と言ってきた。親友の友達なら話が合うに違いないと思った私は、もちろんYESと答えた。

 

 

「ビニーとの出会い」

ビニーと初めて会ったのは、私の帰国予定日の三か月ほど前だった。

彼はティムの幼いころからの友達で、二人は趣味が似ていた。ビニーとティムの家とは車でおよそ三十分の距離で、会おうと思えばいつでも会えた。初めて三人で会ったとき、笑顔が素敵だというのが彼の第一印象だった。

 

予想通り彼ともすぐに打ち解けたので、私たちはよくティムの家に集まって、アニメを見たり、ゲームで対戦したりして遊んだ。また三人で人生初のキャンプに挑戦し、興奮のあまり寝られずにテントの中で朝までマリオカートをしたこともあった。

私とティムとビニー、私たち三人は人種こそ違えども、まるで兄弟のようだった。

 

次にビニーに会ったのは、最後に会ってから一年と半年後、高校の卒業旅行として再度アメリカを訪れた時だった。とは言っても、以前のように簡単に会うことができたわけではない。

 

というのも私が留学を終えてしばらくしてから、彼は家庭の事情でティムの家からおよそ600キロ先の叔父の家に引っ越していた。そして私が再度アメリカを訪れるまで、ティムもビニーに一度も会えずにいた。だから久しぶりに再会した私とティムは、夜通し車を走らせ、600キロ先のビニーのもとへ会いに行った。

 

 

「恵まれている」

出発してからしばらくして、日も沈んだあたりで、私たちはその日宿泊するモーテルを探していた。その時に事件は起きた。路上に停車していたパトカーを見つけたティムは、何を思ったか急にスピードを落とし、真横を低速で通過した。後ほど聞くと、警察に緊張して安全運転をしようと思ったらしい。

 

案の定、私たちを不審に思った警察は、私たちの車の後をつけ、私たちに停車を命じた。

 

「君、何歳?IDを見せろ」

映画やドラマでしか見たことのなかったリアルなアメリカの警察に正直恐怖を覚えた。しかし、飲酒やドラッグなど法に触れることは何もしていなかったので、問題はないと思っていた。しかしなぜか私たちは、車の外に出るように命じられ、私は頭の後ろに手を組むよう指示され警察車両の付近で待機するように命じられた。

 

今から思えばなぜそこまで確信をもって、彼らが荷物検査をしたのか疑問だが、私たちの車から日本酒の瓶を数本見つけ出した。

 

当時私は二十歳だったので、日本からのお土産として何本か日本酒を持ってきていた。そして、ビニーの家族分も持ってきていたのでそのお酒を手土産として持ってきていたのだった。

 

アメリカの飲酒年齢は二十一歳であり、おそらく所持するのもアウトだったらしい。

 

「牢屋にぶち込まれるか、持ってきた酒を今俺の目の前ですべて捨てろ。」

リアルの警察に、冗談抜きのまじめなトーンで選択を迫られた。もちろん答えは後者だ。

 

日本から一万キロかけて持ってきた日本酒は、すべて地面に流すことになり、お土産はからの日本酒瓶になった。あの時の警察車両の青い光、いまだに鮮明に覚えている。

 

 

そうしていろいろありながらも、無事ビニーの住んでいる家に到着した。久しぶりの再会を喜びながらも、待っていた状況はそう喜ばしいものではなかった。

 

彼が住んでいた家は、玄関の扉を開けたとたんに異臭がした。キッチンにはごみと皿が放置され、地面には子供のおもちゃが散乱していた。

 

とりあえずリビングは居心地が悪かったので、私とティムはビニーの部屋に移動した。

しかし、扉を閉めていても聞こえてくるほどの、怒鳴り声と子供の悲鳴。正直恐怖だった。友達の叔母とは言え、全く面識もない人の怒鳴り声だ。その家では寸分たりとも落ち着いて休むことはできなかった。

 

日中はビニーが二人の子供たちのお守りを任されており、住む家を与える代わりに子供たちの世話をするのが約束だったらしい。だからビニーは働くことはできず、ずっと家にこもっているしかないと言っていた。二日ほど滞在したのち、私とティムは帰路に就いた。

 

この時初めて心の底から自分の家族、そして与えてくれた環境に感謝した。

 

 

「人は変えられる」

次にアメリカに行くことができたのは、それから四年後のことだった。

久しぶりのティムとその家族との再会に心が躍った。

 

そして以前のようにまた三人で遊びたいと思った私は、

 

「そういえばビニー元気?」

とティムに尋ねた。すると彼は何故か暗い口調で、

 

「話したくない。」

と答えた。人には話したくない過去の一つや二つ必ずあるものだ。何があったのか、若干気にはなったが、私はそれ以上深追いせず、話題を変えた。

 

ティムの家には彼と両親のほかに、ティムの従妹エリが住んでいる。ティムとエリは年齢が8歳ほど離れており、私が高校生の時に会ったときはまだ十一歳くらいだった。

そしてなぜか私は小さい子供に懐かれる特性があり、エリも当時私を実の兄のように慕ってくれていた。

 

四年ぶりにティムの家族に再会して変わっていたことといえば、ティムにひげが生えたことと、犬が三匹増えたこと、そしてエリが二階の自室にひきこもるようになっていたことだった。

 

以前までは、買い物を行くというと決まってついてきたエリだったが、学校以外ほとんど外出しなくなっていた。まあ、年齢的に反抗期とかでそこまで不思議なことではないと思った。

 

そういえばクリスマスの一週間前、友達の母とエリの間でこんな会話があった。

 

ティム母「クリスマスの日は○○おばあちゃんが泊まりに来るけど、二階のエリの部屋まではおばあちゃんは登れないから、一階の(私の名前)の部屋に泊まってもらうね。そして(私の名前)にはエリの部屋で寝てもらうから、エリはリビングのソファーで寝てね。」

 

エリ「どうして?ここは私の部屋だよ?」

ここで私は、自分がソファーで寝るから大丈夫だよ、と割って入ったが、ティムの母は(私の名前)はゲストなのだからそうはいかないわ。と言われてしまった。

 

アメリカではクリスマスは家族で過ごすのが一般的なので、この家にティムの祖母が泊まりに来る予定だった。私はゲストではあるが、住人から寝床を奪うことはしたくなかったので、その日が来たら無理を言ってでもソファーで自分が寝ようと考えていた。

 

しかしその数日後、友人の祖母は持病が悪化して急遽入院することとなり、クリスマスの話は無しになった。

 

 

「もうすぐサンタがやってくる」

私は普段、日中はリビングのテーブルでブログを書くことを日課としている。この家は大きな平屋で、リビングルームは天井まで吹き抜けのようになっており、エリの部屋のある二階は、いわば屋根裏部屋やロフトと呼ばれるような構造になっている。もちろんロフトには扉のようなものはないので、エリが見ている映画などの音はリビングまで聞こえてくる。

 

クリスマスの数日前のある日、この日はエリの母もクリスマス休暇に入り、仕事が休みだったらしく、昼間からエリと弟とエリの母の三人が揃ってロフトで映画を見ていた。せっかくならソファーのあるリビングで見ればいいのに、とも思ったが作業している私への気遣いかなとも思った。

 

そして彼女らが映画を見始めてから、数時間が経ったころだったろうかティムのお父さんがジムから帰ってきた。ティムのお父さんはすでに定年退職しおり、普段は部屋でテレビを見ているか、ジムに行くか、趣味のハンティングに出かけているかだ。

 

私はいつも通り、軽く世間話を交わしたのちまた作業へ戻った。そして彼も部屋に戻っていった。すると二階から、何やら話し声が聞こえてくる。

 

「(ティム父の名前)もう帰ってきたんだけど~、なんでこんな早くに戻ってくるんだろ。早くまたどっか行ってくれないかな。」

耳を疑った。そんな彼のことが嫌いなのか?自分の祖父に対してそんな言い方はないだろう。と思った。そこからまだ会話は続いた。

 

作業に集中したいのに、耳をそらそうと意識すればするほど、より詳細に会話が聞こえてくる。次に耳に入ったのは、なぜだろうかかなり小声で話す男性の声だった。でも上の階にいるのはエリと6歳下の弟、そしてエリの母の三人のはずだ。はじめは聞き間違いかとも思ったが、やはりもう一人だれか話している。どうして小声で話しているのだろう、と不思議にも思ったが、特に気には留めずヘッドホンをつけ再び作業に戻った。

 

そうして作業がひと段落したところで、私とティムは買い物に出かけることにした。そうして準備していると、普段話しかけてこないエリが私に

 

「今からどこか行くの?」

と尋ねてきた。買い物へ行くと私が答えると、分かった、気を付けて!とだけ言って部屋に戻っていった。

買い物から戻ると家にはエリだけが残っていた。

 

 

「1月5日 天気:曇りのち大雨」

この日は朝から天気のすぐれない空模様だった。昼間から薄暗かったその日は、気分がいつもより落ち込んでいる気がして、一人部屋にこもってパソコンで作業をしていた。

 

それからしばらくして、日が沈みだしたあたりで、急に大雨が降りだした。この家は平屋構造なので、強い雨音が直接こちらまで伝わってくる。

しかし雨の音というのは意外と聞いていると心地の良いもので、私はベッドに横になり少し休むことにした。そして気づいたら眠りに落ちてしまっていた。次に目が覚めたのは、ドアのノックの音だった。

 

「あなたの部屋、雨漏りは大丈夫?」

どうやら、思った以上にひどい雨だったようで、家のいたるところで雨漏りが起きていたらしい。それを心配に思ったティムのお母さんが、私の部屋を確認しに来たのだった。幸いなことに私の部屋は何事もなかったが、ちょうどおなかが空いたので起き上がってリビングに移動した。

 

その日のリビングは普段よりも忙しい様子で、ティムのお父さんがハンティング用のヘッドライトをつけて家中の雨漏りを確認して回っていた。

そして、どうも雨漏りの主な原因が、屋根裏部屋の奥にある物置からであることが判明した。この家の屋根裏は、二階に上がるとまず十畳ほどの部屋が見え、その奥には物置部屋につながる扉がある、といった構造になっている。そして雨漏りの原因はおそらく扉の向こうの物置部屋からだということで、ティムのお父さんはヘッドライトを照らしながら、屋根裏の物置へ向かった。

 

しばらくして、二階から雨漏りの処置を終えたティムの父が下りてきた。そして彼の手には五百ミリリットルのコーラのボトルが三本。どうやら屋根裏の物置に置かれていたらしい。コーラといえば黒い炭酸飲料として知られていると思うが、そのペットボトルには明らかにコーラではない色をした謎の液体が入っていた。

 

「いつから置いてあったんだろ~、コーラって腐るとこんな色になるんだ」

謎の発見に笑いあう私とティム。しかしこの時、ティムの母だけはなぜか怪訝な表情を浮かべていた。

 

 

「嵐の前の静けさ」

昨日の大雨が嘘だったかのように、次の日は朝から快晴だった。この日は土曜日で、毎週土曜日はティムの母の買い物を手伝うことになっているので、いつもより早く起きた。

 

支度を終えて、そろそろ出発というときにエリの弟が一緒に買い物について行きたいと言い始めた。これまで買い物について来たことなど、一度もなかった彼が珍しいなと思って聞いていると、どうやらアウトレットに連れて行ってもらいたいというのだ。

 

付近のアウトレットといえばここから一時間ほど車を走らせた距離にあり、なかなかに遠い。また毎週土曜日の買い物は、付近のスーパーで食品をまとめ買いすると決まっているので、ティムの母は彼の要求を一蹴した。それでも食料品の買い物について行きたいというので、その日は三人で買い物に行くことになった。

 

確かに遠いのは分かるが、それよりも小学生の彼がアウトレットで何を探したかったのか、気になったので彼に尋ねてみた。すると彼は、ポケットから得意げに紙幣を取り出し、

 

「リビングのソファーの下から十六ドルを見つけたから、何か買いたかったの」

と答えた。ソファーの下にそんなお金が落ちていることがあるのか、と思った。相場的に、ソファーの下に落ちているのはせいぜい二十五セントコインとかそこらだろう。しかし子供とて侮ることはできない。小さい子供の観察力は恐るべきものだな、と若干感心しながらそのまま買い物に向かった。

 

スーパーに到着してから、彼はすかさずおもちゃ売り場に向かった。一人では危ないからと、私は彼の隣でおもちゃを選ぶのを見守ることになった。十六ドルに収まる範囲内で、どのおもちゃを買うか、彼は真剣な表情でおもちゃ売り場を探し回っていた。結局、好きなキャラクターの人形を買うことに決めた、というのでティムの母のもとへ戻ろうと伝えると、彼は人形を私に渡して、

 

「もう少し探したいものがあるから先に戻ってて」

と言った。見守り役を命じられた身分としては、彼を一人残すわけにはいかなかったが気が付いたら彼はどこかに消えていた。

 

そうして私は一人先に、ティムの母のもとへ戻り買い物を手伝っていた。それからしばらくすると彼は戻ってきて、

 

「チキンが食べたいからフードコートまで案内して」

と言ってきた。初めて自由なお金を手にしたのであろう彼には、自分で好きなものを買うことができるのがよほど楽しかったのだろう。私は彼を抱きかかえフードコートまで連れて行った。ショーケースに並べられているチキンを彼に見せ、どれが食べたいかを尋ねた。すると彼はしばらくチキンを見つめたのち、

 

「やっぱりここではなくて、ファストフードストアでハンバーガーを買うことにする!」

と一言。やっぱり子供は正直で面白い。私は接客をしてくれたフードコートの店員さんに、すみませんと軽く会釈をし、再びティムの母が引くカートのもとへ戻った。こうしてスーパーをぐるぐる回っているうちに、気付けば二時間が経過していた。その後、スーパーを後にした私たちは、彼の要望通り帰り道にチキンを買って帰った。

 

その日の夜は、買い物を手伝ってくれたお礼にと、ティムの母が私をメキシカンレストランに連れて行ってくれた。たくさん働いた後のスパイスの効いたファヒータは格別だった。歩き回った疲れと、レストランで久しぶりに飲んだワインとが効いて、私はいつもより早めに就寝した。

 

 

「勘当の再会」

次の日は特にアラームなどかけていなかったが自然に目が覚めた。時刻を確認すると時計の針は7時34分を指していた。若干寝足りない気もしたので、もう一度寝ようかとも思ったのだが、どうも窓の外が騒がしい。

 

私の部屋は玄関の真横に位置しており、玄関で誰かが話していたりすると若干であるが、こちらにも聞こえてくる。こんな朝早くにどうしたのだろう、そう思った私はカーテンを開けて窓から外の様子を確認した。

 

一瞬目を疑った。なんと普段は温厚なティムの母が、小柄の男に掴みかかっていた。まったく訳が分からなかったが叫び声と異常な光景とで、とりあえず外で何かが起こっていると察した私は、靴を履くのも忘れ慌てて部屋を飛び出した。

 

「おう、久しぶり、、」

玄関の扉を開けると、非常に焦った様子で髭面の男が私に挨拶してきた。ビニーだった。状況が全くつかめなかったが、とりあえず数年ぶりの再会だったので、軽く返答だけした。

しかしあのビニーがなんでこんな朝からここにいるのか。そしてなぜティムの母に掴みかかられているのか。どうして額から血を流しているのか。まったくもって状況がつかめなかった。

訳が分からなかったが、とりあえず緊急事態であることだけは確かだったのと、ティムの母に何かあってはいけないと思ったので、とりあえずビニーからティムの母を離した。

 

「今から警察を呼ぶから、彼を逃がさないで」

私はティムの母からこう命じられたので、とりあえずビニーのそばに寄った。

そして状況を聞こうとしていると、ドアの死角から泣きながらエリが出てきた。手にはライフルタイプのBBガン。さすがに身の危険を感じたが、まだ銃を構えていたわけではなかったので、私はとっさにエリにとびかかり銃を取り上げた。しかしその次の瞬間、ビニーが走って逃げだした。

 

私は靴も足袋も身に着けていなかったが、とりあえず百メートル以上はある砂利道を裸足で走って彼を追った。運動には自信があった私は、家と道路までの中腹あたりでビニーに追いついた。

 

「おい、何が起きているんだ?」

私は彼の肩に手をまわし聞いた。すると彼は一言、

 

「She hates me.」

とだけ言い残し、私の手を振り払って道路の向こうの森の中へ消えていった。ビニーの言ったSheとはいったい誰のことだろう。ティムの母かそれともエリか?でも状況から推測するに、おそらくティムの母と何かあったのではないか、などと考えながら来た道を一人戻った。

素足で砂利道を走ったせいで足の裏は傷だらけになっていた。戻るとティムの父も外に出てきていたが、何が起こっているのか理解していないようだった。

 

 

「真実は時に人を傷つける」

傷だらけの足で何とか家まで戻った私は、ティムの母に何が起こっているのか、と聞いた。すると彼女は怒りながら説明を始めた。まず話は三年ほど前まで遡った。ここからは私が彼女から聞いた話である。

 

事の始まりは三年前、私とティムがビニーの叔父の家を訪ねた数か月後のことだった。どうもビニーは、ティムの家に引っ越す事になり、しばらくこの家に住まわせてもらっていたらしい。というのもティムが彼の母に、ビニーが現地で置かれている環境がかわいそうだから、こちらの家にしばらく住まわせてあげたい、と頼み込んだようだ。そうしてビニーはこちらの家に住むこととなった。

 

当初は彼がこちらで仕事を見つけて、ある程度自立するまで支援してあげる予定だったのだが、こちらに引っ越してきて働き口をいくつか見つけたものの、どれも自分には合わないと言って続かなかった。自分の車が壊れて仕事に行けないとビニーが言った日には、車の修理代をティムの家族が出してあげたこともあった。それでもビニーは車を治すこともしなかったのだという。そうしているうちに、ビニーはこの家の屋根裏部屋にこもって一日中ゲームをするようになった。

 

そしてある日、エリがティムの母に奇妙なことを言ってきたという。

 

「ビニーと付き合いたいと思うのだけど、いいかな?」

当時エリは十二歳で、二十歳のビニーとは年が離れすぎている。当然のことながら、ティムの母は、絶対にダメだとエリに伝えたらしい。そういえばこの頃、エリはよく屋根裏のビニーの部屋によく出入りするようになっていたらしい。これを機に、ティムの母はビニーが仕事にも行かず、家族にも顔も見せず、エリに悪影響を及ぼしていることを問題視し始めた。

 

そしてある日、ついに決心したティムの母は、家からの退出を求めるためにビニーのいる屋根裏へ行った。部屋はごみと衣服で散らかり、異臭がしたという。そしてパソコンのあるデスクの付近には、尿が入ったペットボトルが何本も置かれていたらしい。また、あろうことかベッドの付近には、エリとの男女の関係があったことを示す物まで落ちていたという。そしてこれが決定打となり、ビニーはその日のうちに家から追い出された。また、エリの母にもこのことを警察に通報するように言ったが、そのあと彼がどうなったのか、ティムの母はよく知らないと言った。

 

そして大雨のあの日、再びペットボトルを屋根裏部屋から見つけたティムの母は、次の夜に抜き打ち的にエリの部屋を捜索し、ビニーを見つけていたのだった。しかし、この時も家から追い出すだけで、警察に通報などはしなかったらしい。(この日は先述したように、買い物をした後メキシカンレストランに行った日で、私はすぐに寝てしまっていたので、何も知らなかった。)そして確認のため、次の日の朝(事件当日)にもう一度、部屋を確認するとまたビニーがいたため、護身用のBBガンでビニーに対して発砲したのだという。

 

しかし、ここで一つ疑問があった。ではなぜあの大雨の日、ティムの父は見つけたペットボトルにあんなにも無関心だったのか。するとティムの母は、

 

「ビニーのことについて、まだ夫に話してないの」

と言った。どうやら揉め事を避けるために夫には、家庭の事情でビニーは家を出ることになった、とだけ伝えていたらしい。

ここまでの話で私は、この家で現在起こっている大体を理解した。

 

 

「作り上げられた真実」

しばらくして、通報を受けた警察車両が数台こちらに到着した。私も、ビニーが逃げた方向を聞かれ、森の中へ走っていったと伝えた。時を同じくしてこちらに到着したエリの母も事情聴取を受けていた。

そして警察の事情聴取は確か一時間ほど続いた。そして一通りを終えるとビニーの捜索のため警察はこの家を後にした。

 

ここまでで私が確認したかったことは一つ、この件についてエリの母は知っているのか、ということだった。だから私はエリに聞いた。するとエリは

 

「知ってるよ。」

と一言。やっぱりだ、知っていた。そして加えて、エリの弟にビニーを知っているか聞いた。すると、

 

「ビニー?誰だっけ、なんか聞いたことあるような、んーわかんないなあ」

明らかに嘘をついていることが明確な芝居を打たれた。ここで点と点が頭の中で綺麗につながり、頭の中で恐ろしい考察が出来上がった。

 

家から不可解に消える食料、クリスマスの日に私が部屋に入るのを強く拒絶したこと、部屋に一人こもるようになったエリ、そして大雨の日に屋根裏の物置から見つかった謎の液体の入ったペットボトル。状況証拠としては十分だ。

 

チキンサンドが不可解に無くなったことや、クリスマスの日にエリがなぜ、あんなにも私が屋根裏部屋に行くのを嫌がったのか。そしてしきりに人の出入りを気にしていたエリとその母と、屋根裏からかすかに聞こえた誰かの声。おそらくこの両日ともビニーはこの家にいたのだろう。

 

そして、部屋にこもるようになったエリは、少なからずビニーが同じく屋根裏にいたことに起因する事なのだろう。また、クリスマス前に私が聞いた男性のかすかな声、あれはおそらくビニーのものだった。そしてあの時屋根裏には、エリの母とエリの弟もいたので、エリの母はビニーをこちらに連れてきた張本人、もしくは何らかの形でビニーがエリの部屋に居座ることを容認していたことになる。

 

よって私が考察としては、おそらくビニーは数か月の間に何度かこの家に出入りしていた。そしてその際の協力者としては、唯一車を持っているエリの母親であることが有力であり、事件の前日に十六ドルをソファーの下から見つけたといったエリ弟は、おそらくエリもしくは母親にお金を渡され、外に買い物に行き時間を稼ぐように指示されていたのではないか、というものだ。

 

しばらくして、警察が再びこの家に戻ってきた。車の中にはビニーがいた。この辺りは一帯が森なので公共交通機関などもなく、逃げ切ることは到底不可能だったのだろう。事情聴取が一通り終わり、警察車両から手錠をかけられたビニーが出てきた。変わり果てたかつての友人の姿に私は胸が痛んだ。

 

こうして、衝撃の事件は幕を閉じた。後ほど聞いた話によると、

エリは警察に対し、ビニーは数ヶ月間ずっとこの家の屋根裏に住んでいた、と証言し、エリの母もまた、この件について何も知らなかったと、警察に伝えたようだ。

私も何が真実だったのかはわからないままだが、おそらく知らないほうがいいこともきっとあるのだろう。そして警察に逮捕されたビニーは、その後大体の容疑を認め、少なくとも20年、もしくは終身刑の刑が科せられるそうだ。

 

ビニーを乗せたパトカーは日中にも関わらず、青いライトを鋭く光らせこの家を去っていった。